https://mstdn.nere9.help/@orange_in_space/101680327344768372
結局これ、「概念と表現の再マッピングを(自然と)できるかどうか」というある種の能力の問題であって、ことポヨグヤミンにおいてそれができない程度の人にどこまでやさしくすべきか、みたいなラインの問題もある (過激派)
無論この能力も後天的に習得できるものなので、そういった能力を養う教育や概念セットが存在することは大いに人々を喜ばせるとは思うけど
ポヨグヤミンの文脈において、大抵の言語はユーザが自然と習熟していくものだし、良い言語であればなおさら習熟した状態で使う時間の方が長いだろうから、よく訓練された人が使いやすいということに重点を置いて設計するのはごく自然に思われる
雑に言ってしまえば、訓練そのものと、訓練された人が使うものは、別々のものにした方がいい場合が結構あるのではみたいなお気持ちです (確信はない)